東京地方裁判所 昭和36年(ワ)3846号 判決 1963年1月30日
判 決
原告
合資会社まこと工業
右代表者無限責任社員
原静夫
右訴訟代理人弁護士
菅谷瑞人
右補佐人弁理士
井上重三
被告
株式会社日新皮革
右代表者代表取締役
今野精市
被告
今野精市
右両名訴訟代理人弁護士
山根篤
下飯坂常世
海老原元彦
右両名輔佐人弁理士
中沢三之助
右当事者間の昭和三六年(ワ)第三、八四六号損害賠償請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原告の請求は、棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
原告訴訟代理人は、「被告らは各自、原告に対し、金三百七十一万九千三百四十六円及びこれに対する昭和三十六年六月一日から支技いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求めた。
被告ら訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。
第二 請求の原因
原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり述べた。
一原告合資会社まこと工業(以下原告会社という。)は、昭和三十年九月二十二日、次の実用新案権を有する原静夫から、その実用新案権について、独占的実施権の許諾を受け、爾来本件登録実用新案を実施して、附属品携帯鞄を製造、販売している。
登録番号 第四三四、〇三一号
考案の名称 附属品携帯鞄
出 願 昭和二十九年四月二十八日
出願公告 昭和三十年四月三十日
登 録 昭和三十年九日二十二日
二本件登録実用新案の願書に添付した明細書の登録請求の範囲の記載は、別紙(一)記載のとおりである。
三本件登録実用新案の要旨及び作用効果は、次のとおりである。
(一) 本件登録実用新案の要旨
(1) 別紙(一)の図面に示すように、皮革1(番号は、上記図面に附されているものを示す。以下本件登録実用新案について同じ。)の内側面にゴム又はビニールよりなる厚きスポンジ板2を一体に添着したこと。
(2) 右のように構成したものにて袋体3蓋板4を形成した附属品携帯鞄であること。
(二) 本件登録実用新案の作用効果
(1) 袋体3、蓋板4等に衝撃を与えても、厚きスポンジ板の存在によつて、充分に緩衝され、収容物である写真機等の破損及び狂いを来たすことを防止すること。
(2) 写真用機器の隅角等にて、袋体3、蓋板4を直接摺擦しないため、鞄の変形、破損及び摩擦を可及的に防止すること。
四被告株式会社日新皮革(以下被告会社という。)の製造、販売した附属品携帯鞄(以下本件鞄という。)の構造は、別紙(二)記載のとおりである。
五本件鞄の構造上及び作用効果上の特徴は、次のとおりである。
(一) 構造上の特徴
(1) 別紙(二)の図面に示すように、皮革8(番号は上記図面に附されているものを示す。以下本件鞄について同じ。)の裏面にボール紙9を添着介置して、厚さ二ないし三ミリのモルトプレンのスポンジ板を一体に添着したこと。
(2) 右のように構成したものにて袋体1、蓋板2を形成した附属品携帯鞄であること。
(二) 作用効果上の特徴
本件登録実用新案の作用効果と同一である。
六本件鞄は、本件登録実用新案の技術的範囲に属する。すなわち、
(一) 本件登録実用新案においては、ゴム又はビニールよりなるスポンジ板を用いているが、本件鞄はモルトプレンのスポンジ板を用いている。しかし本件登録実用新案におけるビニールスポンジ板は、多孔質プラスチックであり、連続気泡型と独立気泡型とを包含するものである。本件鞄のモルトプレンは、学名ホリウレタン・フオームと称されるものであり、多孔質プラスチックの範疇に入るとゝもに、連続気泡型と独立気泡型とを包含しているものである。したがつて多孔質プラスチックとして、ビニールスポンジ板を用いるか、又はモルトプレン板を用いるかは、設計上の微差にすぎない。
(二) 本件鞄は、皮革とモルトプレンのスポンジ板との間に、ボール紙を介置している。このボール紙は、皮革に硬直性を与えるもので、このようにボール紙を介置することは、鞄の型が崩れるのを防止する目的で、従来から一般に行なわれていたところである。したがつて本件鞄がボール紙を用いたとしても、本件登録実用新案と構造を異にするものとは断じえない。
七原告会社は次のとおり、被告らの独占的実施権侵害行為により、金三百七十六万三千八百八十六円の損害をこうむつた。すなわち、
(一) 被告会社は、昭和三十四年三月ごろから昭和三十五年四月ごろまでの間に、本件鞄を一万数千個製造して、米国に輸出した。
(二) 被告会社の代表取締役である被告今野精市は、本件鞄を製造、販売することが原告の独占的実施権を侵害するものであることを知りながら、被告会社の本件鞄の製造、販売の業務を企画、実行して原告の独占的実施権を侵害したものであるから、右行為により原告のこうむつた損害を賠償する義務がある。また被告今野精市の本件鞄の製造、販売の企画、実行は、被告会社の皮革製品の製造、販売の業務を行うについてされたものであるから、被告会社もこの行為によつて原告会社に加えた損害を賠償する義務がある。
(三) 原告会社は昭和三十四年二月四日米国カリマー・インコーポレション(以下カリマー商会という。)との間に、原告会社がカリマー商会に対してのみ、昭和三十四年二月四日から向こう二カ年間、一カ年について二万五千個の本件登録実用新案の実施品である附属品携帯鞄を販売する旨の契約をした(具体的には、カリマー商会の都合により、原告会社に対して適宜発送数量を通知し、原告会社はこれに応じて発送することゝし、二カ年間に附属品携帯鞄合計五万個の取引を行うものである。)。
したがつて原告会社は右契約に基いて、カリマー商会に対し、附属品携帯鞄五万個を販売することができた筈であつたところ、被告会社が本件鞄を一万数千個米国へ輸出したゝめ、カリマー商会に対し、昭和三十四年二月四日から昭和三十六年二月三日までの二カ年間に、約定個数五万個のうち、一万千二百七十一個の附属品携帯鞄を販売することができなかつた。
(四) 原告会社が前記契約に基いてカリマー商会に販売した附属品携帯鞄の種類、個数、合計金額、平均販売価額は別紙(三)記載のとおりであり、原告会社は右取引により、附属品携帯鞄一個について、その販売価額の三割に相当する利益を得た。したがつて原告会社は、右平均販売価額金千百十三円に、一万千二百七十一個を乗じた金千二百五十四万四千六百二十三円の三割に相当する金三百七十六万三千三百八十六円(円未満切捨)の得べかりし利益を失い、同額の損害をこうむつた。
(五) よつて原告会社は被告らに対し、各自右損害金のうち金三百七十一万九千三百四十六円及びこれに対する不法行為ののちである昭和三十六年六月一日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第三 答弁
被告ら訴訟代理人は、答弁等として次のとおり述べた。
一請求原因一の事実中、原静夫が原告主張の実用新案権を有することは認めるが、その余は知らない。
二同二から四までの事実は認める。
三同五の事実は否認する。
四同六の事実は否認する。本件靴は本件登録実用新案の技術的範囲に属しない。すなわち、
(一) 本件登録実用新案の登録請求の範囲には、「ゴム又はビニールよりなる厚きスポンジ板」と記載されている。この記載は、他の実用新案権(実用新案出願公告昭三五―二七二七二)の登録請求の範囲として、「……ビニール或いはゴムスポンジ等よりなる緩衝板を貼着してなるかばんの構造。」との記載あるに徴すれば、ゴム又はビニール以外の物質を含まないこと明らかであるか、本件鞄の使用するモルトプレン(学名ポリウレタン樹脂フォーム)は、ゴムでもビニールでもない。
(二) 本件登録実用新案は「袋体、蓋板等に衝撃を与えても、スポンジ板の存在にて充分に緩衝され、写真機等の破損及び狂いを来たすことを防止する。」という作用効果を全うするに充分な程度の厚さを有する「厚きスポンジ板」を使用することが、必須の要件である。本件鞄は厚さ二ないし三ミリのモルトブレンのスボンジ板を使用しているにすぎない。したがつて右モルトプレンのスポンジ板の緩衝性は毛足の長い厚手の別珍とさして変らず、特に見るべきほどの緩衝性を鞄に与えないものである。
(三) 本件登録実用新案は、鞄体を構成する皮革と厚きスポンジ板とが、一体にすなわち、直接密接して接着されていることにより、鞄体に外側あるいは内側から圧力が加えられて変形した場合にも、ゴム又はビニールよりなる厚きスポンジ板の弾性と復元力とによつて鞄の外側をもとに復することができ鞄の変形防止の作用効果を生ずるものである。本件鞄は皮革とモルトプレンのスポンジ板とを一体に添着したものではなく、ボール紙を介置したものであり、鞄の変形防止は、専らボール紙の作用であり、モルトプレンのスポンジ板によつて行うものではない。
(四) 本件登録実用新案は、鞄体を構成する皮革と厚きスポンジ板とが一体に添着されていることにより柔軟性を有する。したがつて固い外形の鞄では収容できない厚みを有する物品でも、ある程度までの大きさの物ならば、鞄の外形が容易に変形されて収容可能であり、この収容物を取り出せば、前記(三)記載の復元性により、旧形に復するものである。本件鞄は、ボール紙を使用しているから、このような作用効果はない。
(五) なお本件鞄は、モルトプレンのスポンジ板を鞄の裏張りとして、従来の別珍等に代えて使用したものにすぎない。モルトプレンはゴム・フォーム及び塩化ビニール・フォームに比べて弾性、復元性が小さく、クッション性において劣るが、老化し難く、かつ他の物質との接触による汚染もないから、別珍のように古くなつて擦り切れたり、汚れたりせず、また吸湿性が低く、重量も軽いので、鞄の裏張りとして最適である。本件鞄はモルトプレンをこのような目的で使用したものであるから、その厚さも二ないし三ミリ程度である。したがつて本件鞄のモルトプレンのスポンジ板は、本件登録実用新案に用いた厚きスポンジ板の有する緩衝性、鞄の変防形止という作用効果を有しないものである。
五請求原因七について
(一)の事実中、被告会社が本件鞄を昭和三十五年三月二十四日九百三十六個、同年四月二日二十四個、合計九百六十個を米国へ輸出したことは認めるか、その余は否認する。
(二)の事実中、被告今野精市が代表取締役であり、被告会社が皮革製品の製造、販売の業務を営んでいることは認めるが、その余は否認する。
(三)の事実は否認する。かりに原告会社の附属品携帯鞄が米国で販売できなかつたとしてもそれは米国市場に、原告会社の製品以外のゴム又はビニールのスポンヂ鞄が大量に出廻つたゝめであり、前記被告会社の本件鞄九百六十個の輸出とは、全く関係がないものである。
(四)の事実は否認する。
第四 証拠関係<省略>
理由
(争いのない事実)
一原静夫が本件登録実用新案の実用新案権者であること、本件登録実用新案の願書に添附した明細書の登録請求の範囲の記載が、別紙(一)記載のとおりであること及び被告会社の製造、販売した本件鞄の構造が、別紙(二)記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。
(本件鞄は、本件登録実用新案の技術的範囲に属するか)
二原告主張のとおり、原告会社が本件実用新案権について独占的実施権を有するとしても、本件鞄は、本件登録実用新案の技術的範囲に属しないから、被告会社がこれを製造、販売したことは、原告会社の独占的実施権を侵害するものということはできない。以下、これを詳説する。
(一) 前掲当事者間に争いのない登録請求の範囲の記載に、成立に争いのない甲第二号証を参酌して考察すると、本件登録実用新案においては、鞄の内装部に素材として、ゴム又はビニールよりなる厚きスポンヂ板2を用いていることが、その構造上の必須要件の一としているものと認められる。
(二) 本件鞄のうち、右に対応する部分(その均等性の点は、しばらくおく。)は、前記当事者間に争いのない事実によると、素材として、厚さ二ないし三ミリのモルトプレン10を用いている点である。
(三) 前掲甲第二号証及び鑑定人(省略)の鑑定の結果を参酌して、本件登録実用新案における前記要件と、本件鞄における右構造とを比較検討すると本件鞄に用いられている厚さ二ないし三ミリのモルトプレン10は、本件登録実用新案にいう「ゴム又はビニールよりなる厚きスポンジ板2」に該当するものということはできない(もつとも、前掲鑑定の結果によれば、モルトプレンそのものは、耐衝撃材として、本件登録実用新案におけるゴム又はビニールよりなるスポンジ板と均等の効果を有すること明らかであるから、モルトプレンのスポンジ板は、後者の均等物と解して差支えないであろう。)。すなわち、本件登録実用新案においては、厚きスポンジ板2は、袋体3、蓋体4等に外部から与えられた衝撃を緩衝し、写真機等の収容物の破損及び狂いを防止するとともに、収容物の擢擦による内部からの圧力を緩衝して鞄の変形、破損等を防止するのに充分な厚さを有するものでなければならないと認められるところ、従来この種の鞄においては、形態の保持と緩衝とを目的としてボール紙を添着し、さらにその内側に擢擦による収容物の損傷防止の内装としての体裁をととのえるため、天鵞絨などの起毛布を裏張りとすることが一般に行われていたが、本件鞄においては、天鵞絨に代えて厚さ二ないし三ミリのモルトプレン10を用いたものにすぎず、この程度の厚さのモルトプレン板によつては、袋体、蓋板等に外部から与えられた衝撃を緩衝し、写真機等の収容物の破損及び狂いを防止し、収容物の摺擦による内部からの圧力を緩衝して、鞄の変形、破損等を防止することができないからである。したがつて、本件鞄は、この点において、本件登録実用新案の必須要件の一つを欠くものであるから、他の点を比較するまでもなく、本件登録実用新案の技術的範囲には属しないものというべく、他にこの結論を左右するに足りる証拠はない。
(むすび)
三以上のとおり、本件鞄は本件登録実用新案の技術的範囲に属するものとは認められないので、これがその技術的範囲に属することを前提とする原告の本訴請求は、進んで他の点について判断するまでもなく、理由がないものといわざるをえないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第二十九部
裁判長裁判官 三 宅 正 雄
裁判官 米 原 克 彦
裁判官 竹 田 国 雄
別紙(一)
登録実用新案第四三四、〇三一号実用新案権の登録請求の範囲
図面に示すように皮革1の内側面にゴム又はビニールよりなる厚きスポンジ板2を一体に添着したものにて袋体3、蓋板4を形成した附属品携帯鞄の構造。
(図面省略)
別紙(二)(および図面省略)
別紙(三)(省略)